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金融・経済コラム

安倍首相の通常国会施政方針演説に思う

1月22日、第196回通常国会が召集された。安倍晋三首相は施政方針演説に臨み、我が国が少子高齢化という国難に直面している現在、これを克服して今こそ新たな国創りの時と語り、七項目にわたる所信を披瀝した。中心は、「働き方改革」、「人づくり革命」、「生産性革命」、「地方創生」、「外交・安全保障」だ。


「働き方改革」では、同一労働同一賃金を実現すると力強く宣言した。

「人づくり革命」では、全世代型社会保障を提唱し、50万人分の介護の受け皿の整備、介護人材確保に向けた処遇改善、待機児童解消を約束した。教育の無償化も提唱し、幼児教育の無償化から私立高校の実質無償化まで夏までに詳細な制度設計を出すことを確約した。

「生産性革命」では、中小企業・小規模事業者の生産性向上を支援するとし、IoT(すべてのものにつながるインターネット技術)など政策を総動員して生産性革命を推進することや行革など行政の生産性向上にも言及した。

「地方創生」では、攻めの農政で農林水産新時代を築くと訴え、地方大学振興、観光立国、東日本大震災復興など地方の活力向上策の推進を宣言した。

「外交・安全保障」には最も力を入れ、積極的平和主義の成果として、EUとの経済連携協定締結、環太平洋経済連携協定の大筋合意を上げた。北朝鮮の核・ミサイル開発阻止のために制裁を強化し挑発に屈しない姿勢を貫くと宣言し、国民を守るための防衛力強化に邁進し、日米同盟の抑止力強化を推進すると強調した。未来志向と大局的観点から、韓中ロなど周辺諸国との友好と協力関係を促進することにも触れた。

最後に、国のかたちや理想の姿を体現する憲法の改正に向けて議論を深め、前進させることを強く宣言した。


施政方針演説は国政全般にわたる首相の考え方を述べることから、総花的な政策の羅列になることは避けられないが、 国民に歓迎される政策ばかりが目立ち、本当にひとつ残らず実現できるのだろうかと思ってしまう。

どのように立派な政策も財源の裏付けが無くては絵に描いた餅である。この演説で述べられた政策の財源は、基礎的財政収支(プライマリーバランス:PB)の赤字が成長実現ケースでも2020年度で約10.8兆円を計上する見通し(内閣府試算)だということに表れているように、税収で賄うことはできず、国債発行に頼る。

例えば、人づくり革命の主要政策である教育の無償化は、本来国の借金返済に充当することが決められていた2019年10月からの消費税率10%への引き上げによる増収分を充てることになっている。歳入の範囲内で政策を行い、借金は増やさず、少しづつでも地道に返済していくという財政運営の基本はどこへ行ったのだろうか。

施政方針演説でも財政健全化への取り組みは触れられている。だが、「人づくり革命」の中の全世代型社会保障という項目で、「財政健全化も確実に実現する。この夏までにプライマリーバランス黒字化の達成時期と裏付けとなる具体的な計画を示す。」と言及しているに過ぎない。

PBは政策経費を税収で賄うという財政の基本中の基本だ。この黒字化は昨年まで国の「経済・財政再生計画」で2020年度に達成すると言い続けてきたが、昨年末に簡単に先送りし、新しい達成目標年度を示すこともできていない。

内閣府は、1月23日に開かれた経済財政諮問会議で、PBの黒字化が2027年度にずれ込むとの試算を示したが、高い経済成長を前提にしており、抜本的な歳出改革を断行しない限り、これさえ危ういのではないだろうか。

首相が演説で財政健全化を実現するといくら強調しても、PBの黒字化さえ、単なる目標化し、出来なければ後ろ倒しすればよいという考えが垣間見えるようでは、誰も健全化に取り組む姿勢に本気度を実感できず、先進国中最悪の債務残高が減少傾向にないことも相俟って、我が国の財政への信認がますます低下するのではないかと懸念せざるを得ない。


政府は、上述の経済財政諮問会議で、債務残高の対GDP(名目国内総生産)比率が2017年度の189.4%から2027年度には158.3%にまで低下すると説明するが、これはGDPが2021年度には600兆円を超え、日銀の金融緩和継続により金利が低く抑えられると想定しているためだ。

如何にも財政が健全化に向かっているように見えるが、政策に優先順位を付けて歳出改革を断行することを放置して国債に財源を頼る方策を続けている限り、債務残高そのものはかえって増えていくことも考えられ、このような指標は国民に誤解を与えかねないものと言わざるを得ない。

米国には政府債務の上限を定める法律がある。昨年8月末には債務が上限に達し、米国債のデフォルト懸念が伝えられたが、議会が上限規制執行の一時停止を議決して懸念をひとまず回避したという。我が国にも財政法第4条に政策経費の財源を国債発行に頼る、いわゆる赤字国債発行の禁止を趣旨とする規定があるが、政府は特別法によって赤字国債を発行することが通例となっており、国債の発行残高は2017年度末には約865兆円に達し、2027年度には1,045兆円を超える見込みだという(1月26日財務省発表)。

安倍首相は、債務残高の対GDP比率といった誤解を招きかねない指標を新たに持ち出すのではなく、米国のような債務残高の上限規制を創設して財政健全化に取り組む決意を施政方針演説で示すべきだったのではないか。そうすれば、歳出改革に取り組む意欲もアピールできるものと考える。


国会では、施政方針演説に対する各党による代表質問が衆参本会議で始まった。1月24日から26日まで代表質問は続いたが、財政健全化について厳しく政府の姿勢を問う質疑があった様子はない。

与野党とも関心がないとすれば、国の財政の悪化は放置され、いつか財政破綻の憂き目にあうことは必至だ。将来ある若者を始めとして年金に依存する高齢者など国民全体にとって本当にこれでよいのだろうか。


(茶臼岳)
(2018年1月30日 掲載)

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