1. ホーム >
  2. 金融・経済コラム >

金融・経済コラム

消費税の軽減税率は10%引き上げ時に導入することが必須か

安倍首相と山口公明党代表は2017年4月からの消費税10%への引き上げと同時に軽減税率を導入することで合意した。併せて、財務省が先に示したマイナンバーを活用した軽減税額分の事後一括返還方式は、痛税感が解消されないこと、ネット上での返還請求が高齢者にとって負担になること、返還額に上限が設けられていることなど国民の立場にたった仕組みになっていないことから採用しないことで一致した。安倍首相は財務省案に理解を示した野田自民党税調会長を交代させてまでも公明党の反対の姿勢を受け入れたもので、結果的に、安全保障関連法案成立に向けての公明党の協力を最大限評価する形となった。宮沢新税調会長は安倍首相の意向を受けて納税義務を負う中小企業の事務負担を出来るだけ軽くするため簡易なインボイス方式を取る方向で検討する方針だが、引き上げまで一年半を切り準備の時間が限られる中、軽減税率の対象品目の決定、その周知方法、納税事業者のシステムの改変など実施に向けた細部の課題は山積しているのが現状だ。


それでは、公明党が軽減税率導入を強く主張する理由はどこにあるのか。

@ 食料品など生活必需品はすべての人が必ず消費するものなので、相対的に消費税が低所得者に重い負担を課すことになる、いわゆる逆進性を緩和するため、軽減が必要なこと
A 欧州は多くの国が軽減税率を導入し、生活に定着していること。韓国でも食料品などが非課税となっているが、混乱なく制度が運用されていること
B 消費税8%引き上げ後、消費は低迷し経済再生に大きな支障を来たしたことから、10%引き上げ時には消費低迷を再来することのないように対策が必要なこと 大きくこの三点に絞られるようだ。

(https://www.komei.or.jp/more/understand/keigenzeiritsu2.html参照)


これに対して、軽減税率を導入すべきではないという論調も少なくない。その理由は、

@ 軽減税率は逆進性対策として効果的ではないこと。逆進性対策は所得税減税や給付制度など別の方策で緩和するほうが適切であること
A 軽減税率対象品目の線引きが困難なこと
B 軽減税率対象を求める政治的圧力が生じること

の三点に大別される。(みずほ総合研究所「消費税設計シリーズA 軽減税率を導入すべきか」など参照)


軽減税率は所得の多寡に係わらず適用されるので、高所得者のように消費額の多い人ほどその恩恵に服することになり、課税ベースを狭くするだけで、単に税収を減少させるに過ぎない結果に陥る恐れがある。消費税が社会保障費の増大に対応するため税率を10%に引き上げようとするものであることを考えると税収の減少は好ましくない。自民党は出来るだけ8%に据え置く軽減対象を少なくするため対象品目を絞ろうとしているが、公明党は酒類を除く飲食料品を対象にしようとして譲らず、協議は難航している。

公明党の主張を受け入れると、財務省試算で1兆3千億円 の減収になるそうだが、減収分を補うため、医療、介護の自己負担総額を抑える「総合合算制度」の新設を見送るだけでなく、低所得者対策として今年度予算に計上した「簡素な給付措置」や低所得世帯の子どもへの三千円の給付措置まで見直そうとしている。

本来、軽減税率導入は低所得者への配慮だったはずだが、このような有様では低所得者への配慮をなおざりにして高所得者により多くの恩恵を与える事態を招聘しかねず、本末転倒と言わざるを得ないのではないだろうか。線引きの難しさも軽視できない。欧州でも各国によって対象品目の線引きが異なっており、線引きの定着には長期間を要してきたことは間違いない。自公両党間でも、既に対象品目を巡ってつばぜり合いが始まっている。そもそも、飲食料品といっても加工品をどこまで対象とするのか、生活必需品は時代やライフスタイルの変化で変わっていくものではないかといった疑問は尽きず、線引きの難しさは生活の混乱を来たすことにもなり兼ねない。このような線引きの難しさが政治的圧力を排除できない要因でもある。時の政権によって線引きが異なってくる可能性も否定できない。新聞などは、軽減税率が俎上に上った時から、日本新聞協会を中心に軽減税率対象品目に盛り込むようにあらゆる機会を通して与党に訴え続けているのが典型的な例ではないだろうか。新聞を認めれば、書籍、雑誌、ネット情報など際限がなく対象が拡大する恐れがある。

欧州などでは確かに付加価値税(日本の消費税に相当)に軽減税率を導入している国は多い。EU加盟国28ヶ国中、27ヶ国が導入済みだ。ただ、この国々は税率が15-25%程度と高い。これを、例えば食料品についてはフランスは5.5%、ドイツは7%、イギリスはゼロ税率のように21ヶ国が軽減しているというわけだ。デンマークは唯一税率が25%と高いながらも軽減税率を導入せず、ニュージーランドなどは軽減税率ではなく、給付付き税額控除制度を導入している。上述のような軽減税率の問題点が払拭しきれないからだろう。 以上のように見ていくと、欧州の事例を引き合いに出して、標準税率が10%に引き上げられるのだから、同時に軽減税率を導入して、暮らしの負担を少しでも軽くするために食料品など生活必需品を8%に据え置くべきだという主張には違和感を禁じえない。世論調査でも多くの国民が賛同しているというのは理由にならない。税金は少ない方が良いに決まっているからだ。

政府は2020年度基礎的財政収支(プライマリーバランス/PB)を黒字化する財政再建計画を推進中だ。このため、毎年一兆円規模で増え続けている社会保障費を三年間で一兆五千億円程度に抑制する方針を打ち出している。抑制をしても増大し続けることに変わりはない。これを補うための消費税増税だ。予定通りPBを黒字化することは成長率3%を達成することが前提となるかなりハードルの高い目標だ。例え黒字化を達成してもそれは単年度で国の政策経費を税収で賄えたというに過ぎない。これまで累積した国の債務一千兆円超は少しも減らないのだ。国の財政が一刻の猶予もない状況にある時、消費税の税率引き上げが10%で止まるはずがない。欧州のように15-25%程度に引き上げられるのは時間の問題だろう。その時こそ、低所得者対策として軽減税率で行くのか、給付付き税額控除制度を採るのかなど、有効な方策について十分な議論した上で結論を出すべきではないだろうか。時間が限られる中、軽減税率導入を前提に議論が進み、線引きなどで中途半端な妥協を許して制度が構築されると、税制が複雑化して暮らしに混乱が生じ、納税事務に多大のコストを要するなど社会に新たな問題を惹起しかねないのではないかと危惧せざるを得ない。



(2015年11月4日 掲載)

このページの先頭へ戻る