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金融・経済コラム

経済予測と結果の一致

12月は、衆議院選挙が行われる。12もの政党が乱立している。景気対策、デフレからの脱却、脱原発、増税、社会保障改革、脱官僚等々、いろいろな主張がなされ、これらの組合せ、力点の置き所、実施方法、時期等もばらばらである。選挙は選択であるが、何を期待して、何を選ぶのか、国民の間では当惑が広がっている。

「小さな政府か大きな政府かの選択」が、主な対立点であるとする主張も、ここ十数年以上にわたり行われて、今のなおこの「小さな政府こそ選択されるべきとする主張」を掲げる政党・グループ、人々も多い。

このことは、世界的にも百年以上にわたり経済論争の中心的なテーマでもあった。この百年の間に、共産主義ソビエトは崩壊し、共産主義中国は共産党独裁のまま資本主義を採用し、経済成長と経済格差拡大のスピードで世界最記録を更新しつつある。

1930年代には、世界恐慌によって、世界中の人々を貧困と混乱に陥れ、資本主義の終末ではないかとも囁かれた。

自由市場が、経済の均衡をもたらし、「時間の経過にともない、経済は全ての人々が雇用されるところで落ち着く」とするのが、古典派経済学の考えるところである。基本的には、現代の自由市場主義派(小さな政府派)の考え方でもある。

ケインズは、これに対して、何故悲惨な失業者が現実には多く存在するのかと疑問を呈した。そして、「長期的には、われわれはみな死んでいる」との有名なコメントを残している。 自由市場主義者ハイエクの言によれば、自由な個人が多様な判断をし、経済が成り立っている。無数の個人的な経済的意思決定をすべて理解し、計測するのは不可能であり、常に変動する価格が指し示すものが正しく、人為的な操作は有害でしかないとする。

ケインズは、失業が蔓延している状態が何故出現し、続いているのか、この現状を直視し、これを解決する対策が重要であると考え、そのための理論を構築した。当時の大失業が現存する時代には、政府が支出を増大させたり、金利を下げることによって、完全雇用ができるとして、様々な政策提言を行った。

1930年代は、ヒットラーのナチス、ムッソリーニのファシスト党の勃興の時代であり、ソビエトも資本主義の転覆を狙っていた。ケインズ主義は、自由市場主義と対立していながら、狙いは資本主義の延命でもあったのである。

第二次世界大戦後、米国は世界の唯一の資本主義大国として、自国はもちろん、世界中の復興・繁栄の目標を掲げ、ケインズ主義者を標榜する経済学者達の提案による政策を実施し、混合経済体制は順調に機能していると考えられるに至った。

しかし、このケインズの路線は、1970年代に入り、石油ショック等の中で、低経済成長でインフレ率と失業率が同時に上昇するスタグフレーションという想定外の事態の前に有効な手が打てず、信頼を大きく失った。

そして、反ケインズ主義、自由市場主義のサッチャーとレーガンの時代が到来した。「サッチャノミクス」、「レーガノミクス」の時代である。インフレ抑制のための金融引き締め、大幅な所得税減税(米国のケースで一律25%、最高所得者層は70%から28%へ)、「サプライサイド経済学」と言われる産業活動に対する規制緩和と法人税減税(28%から20%へ)の三本の柱からなるものである。

この「レーガノミクス」は、米国経済のスタグフレーションを解消したとされる。しかし、その裏でレーガン軍拡の大軍事費増大を行っており、ケインズ主義的政策であるとの評価もある。また、サッチャーは、英国経済を建て直したと評価された。

経済学の世界でも、ハイエク、フリードマン等の自由市場主義の勝利であると受け取られた。日本もこの潮流に乗って、いわゆる「改革路線」として、無駄の排除と規制緩和で全て良くなるとの風潮が強く時代を支配する形となった。

しかし、2007年のサブプライムローン問題に端を発し、2008年9月のリーマンショックによって、また大きな転換が起こった。自由市場主義者を自認する当時のFRB議長のグリーンスパンの連邦議会証言によれば、「私は、組織、特に銀行をはじめとする組織が自分達の利益を追求することで、そうした組織の株主や株式が最も良く保護されると考えていたが、それは誤りだった。」と述べている。

日本は、小泉元総理の「聖域なき構造改革」により、「レーガノミクス」を取り入れ、自由市場主義路線を選択した。それに続く内閣や多くの政党、個々の政治家も同様の主張を行っている。

ケインズのみならず、フリードマンも経済学とそれに基づく経済政策で最も重要なものは、「予測が結果と一致することである」としている。現状の日本の経済社会に問題があることは、全ての政党が述べるところではあるが、「良い結果」は見られない。理論に基づく予測という基本的な考え方とその実践が必要であると思われる。


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