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金融・経済コラム

金融リテラシー教育

金融リテラシーとは

「リテラシー」あるいは「金融リテラシー」の言葉をよく見かけるようになりました。リテラシー(英:literacy)は「言語により読み書きできる能力」のことであり、元来「識字」と日本語訳されてきた言葉です。健康リテラシーなどいろいろな言葉と組み合わせて使われています。

例えば情報リテラシーについては、「情報を自己の目的に適合するように使用できる能力」と定義されています。「情報リテラシーの向上」とか、「情報リテラシー教育」と使用し、各種の入門書や解説書が発売され、通信講座等が開設されています。

「金融リテラシー」の定義について情報検索するとそれ自体は見当たりません。

しかしながら、近年の金融の自由化の進展、それに伴う金融商品・サービスの高度化・多様化が進む中で、個人として、より適切な金融取引等を行うためには、「必要な金融の知識や情報を取得し、金融を主体的に判断できる能力」を養うことが大切になってきています。


金融リテラシーの必要性

個人を取り巻く経済・金融環境が近年大きくかつ急速に変化し、生活者としての個人にも自己責任が求められる場面が増えてきており、金融取引等の場で自己責任を全うできる能力の養成が必要となっています。

自己責任が求められる場面は、自らの生活設計、金融商品の選択、金融資産の運用、クレジットの使用など、また、最終段階としての金融取引契約の締結が考えられます。特に金融商品の選択において、金融事業者の説明や提供される情報を正しく理解して、自ら質問し、意思決定する能力が必要となります。

「金融リテラシー」が云々されてきたのは、資産運用における「貯蓄から投資へ」の流れや、金融消費者被害の多発などを背景に、個人にとって「より的確な金融資産運用」や金融取引に係る「消費者トラブル回避」への対応のため、必要な金融の知識や情報を取得し、金融を主体的に判断できる能力を養い、「賢い消費者」として行動することが求められてきたことにあるようです。


金融教育の定義

「金融リテラシー教育」を理解する上で参考となるものとして「金融教育」がありますが、これについては、政府関係機関をはじめ、様々な調査・研究が行われ、各方面で議論がなされています。



金融庁の「金融経済教育に関する論点整理」(金融経済教育懇談会)は、「金融経済教育」を次のように定義しています。

「国民一人一人に、金融やその背景となる経済についての基礎知識と、日々の生活の中でこうした基礎知識に立脚しつつ自立した個人として判断し意思決定する能力、すなわち金融経済リテラシー(読み書きのような最低限持っているべき素養、知識)を身につけてもらい、また、必要に応じその知識を充実させる機会を提供すること」



内閣府の「経済教育に関する研究会 中間報告」(経済教育に関する研究会)は、「金融教育」を「お金」との関連で次のように定義しています。

「お金にかかわる教育のことであり、働いてお金を得る、お金を使う、お金を貯める(運用する)、お金を借りることなどに関する教育である」とし、さらにその具体的な内容を「生活設計と金銭管理、経済や金融の仕組みの理解、消費者トラブルの未然防止、職業と進路選択などを教授。いわば、『金融における消費者教育』としての側面が強い。」とし、消費者教育との関連を指摘しています。


「金融教育」に係る様々な視点

実際には、「金融教育」という言葉は次のように様々な意味合いで使われており、相当幅広い概念として「金融教育」を定義する試みもあるようです。

金銭教育的な視点「物やお金を大切にすることを通じて、正しい金銭感覚を養うこと」

経済教育的な視点「経済・金融の仕組みや機能を理解すること」



経済学教育的な視点「経済学的な考え方を基本に合理的な意思決定や社会問題を考える視点を養うこと」



生活設計的な視点「家計の収入や支出内容を把握し、健全な家計管理と将来の生活設計力を身につけること」



投資教育的な視点「各種金融商品の内容やリスクについて学び、自己責任にもとづく合理的な資産運用の力を身につけること」



狭義の消費者教育的な視点「消費者としての基本的な権利と責任を学び、各種の金融トラブルの未然防止や事後対応力を養うこと」



キャリア教育的な視点「労働体験を通じて勤労の意味を理解するとともに、将来の職業選択等について考えさせること」

金融教育をめぐる話 「あれこれ」

米国ではNPO、英国では公的機関が中心となって、長い歴史を持つ金融教育が、特に学校教育の場において低学年の段階から実施されてきています。また、両国に共通する視点は「消費者教育」であり、カリキュラムや教員養成を含め、様々な団体間の連携の下で行われているといわれています。

日本では、日本銀行・金融広報中央委員会が2005年(平成17年)を「金融教育元年」と位置づけ、学校での金融教育実践に重点を置いて活動に取り組んできていますが、学校教育も社会教育も、米国や英国に比べ遅れています。

金融教育に関しては、「日本人独特の金銭感覚がある」「日本人は、お金のことで真正面からいうことをはばかる文化を持っている」ともいわれており、低学年における学校教育だけではなく、家庭における金銭教育についても、こうした日本人の特性から、その取り組みは難しいとの意見もあります。

一方で、金融教育の在り方について、米国型を参考にするか、英国型を参考にするかといった異なる意見もあり、現在、様々な研究や議論が行われていますが、学校教育においても本格的な取り組みには至っていないのが現実です。

英語教育において、英語の読み書き能力、特に聞く話す能力がなかなか身につかないといわれていますが、これと同様に、金融リテラシーが身につかない金融教育であってはならないとの主張もあります。すでに、一部の金融機関では、学校教育に対する教員養成講師の派遣やセミナー等の開催など、金融教育の実践に向けて取り組んできています。

金融広報中央委員会の前身である貯蓄増強中央委員会が取り組んできた「子ども銀行」や、郵便貯金が取り組んできた「こども郵便局」などの活動支援は現在はありません。一方で、駄菓子屋などで小遣いで買い物をする、小づかい帳をつけるなど「お金の大切さや使い方」を実体験する機会は相対的に少なくなっており、こうした実践的プログラムの重要性を指摘する意見もあります。


消費者教育と消費者の権利

米国の金融教育は、消費者教育の中で推進されてきましたが、消費者教育の必要性が重視されてきたのは1960年以降といわれています。

1962年、米国のケネディ大統領は、「消費者教書」において、4つの権利、「安全への権利(the right to safety)、知らされる権利(the right to be informed)、選択する権利(the right to choose)、意見を聞かされる権利(the right to be heard)」を提唱しました。ニクソン大統領は、消費者教育を国民の教育の大きな関心事として位置づけ、それを促進するように要請しました。1975年、フォード大統領は、消費者教育をすべての消費者にとってに基本的権利の一つとして認知しました。その後、国連NGOでもある「国際消費者機構」は、「救済への権利(the right to redress)、消費者教育への権利」(the right to consumer education) 、健康によい権利(the right to a healthy environment)」を提唱し、これら7つの権利に、さらに「基礎的必需品が満たされる権利」(the right to satisfaction of basic need)が加えられ、現在国際的には8つの権利が定式化されています。

金融教育の源流としてのこうした流れを見ることも、金融リテラシー教育に関する理解を深めることにつながります。

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